オダジマ リコメンデッド
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#008
・秋のフェイバリットCD
・今月の目からウロコ本
・冬じたくは楽しい

 
「Toru Takemitsu Songs」ドミニク・ヴィス
(キング・インターナショナル)

 仕事で聞く音源は別として、日々のBGMには、そこそここだわりを持っている私なのである。自然な身体の反応として、もう8ビートのせわしないロックンロールやクラブ・ミュージックはちょっと辛いのだ。ここ2年ほどは自分で買うCDの8割はクラシック。音楽というのは、食料や飲み水と一緒で、聞く人の身体に蓄積されていくものだ、という考えが私にはある。水が、音楽情報をを磁気テープのように写し出す物体だということは、「水は答えを知っている」(江本勝・サンマーク出版)に詳しいが、身体の7割が水で出来ている人間にとって、音楽もまたその人のクオリティーを決める、重要な栄養素なのだ。
 そこまで厳密に言わずとも、音楽がその空間の「ムード」を作り出すことは、誰もが知っているだろう。お部屋を天国にするも地獄にするも、そこに満ちている音の振動次第なのである。最近の私の仕事部屋は、まるで秋の綺麗な落ち葉に敷き詰められた、香りのよい絨毯のようである。
 それは、毎日のように、ドミニク・ヴィスの最新アルバムを昼となく夜となく流しているからである。ドミニク・ヴィスは、フランス人のカウンター・テナー歌手。テノールより高い音域=女性のアルトの音域を歌うことの出来る男性歌手である。
 元々私は、ヴィスの大ファンであった。95年の「東京の夏音楽祭」では、ヴィスが演出する古典劇を観に、今はなき東京グローブ座に会期中2度も足を運んだものである。ソロのリサイタルにももちろん行った。薔薇と孔雀の羽根をあしらった花束を用意して、アンコールのときに渡したら、ヴィスはいかにもフランス人らしく、ほっぺにチューをしてくれたものである(大満足)。
 古楽から現代音楽まで、広いレパートリーを持つヴィスが、新しく挑戦したのは、日本の武満徹の歌。語学に堪能なのは知っていたが、ヴィスの日本語の歌を聴けるとは思っていなかった。で、これがすごくいいのだ。ところどころ、フランス語っぽいバイアスがかかっているのだが、非常にうつくしい、透明な言語としての日本語が浮き彫りになってくる。このアルバムをレコーディングするにあたって、ヴィスは日本語の大特訓を受けたというが、これ以上「パーフェクト」な日本語を歌う必要はない、とも思う。サ行やハ行の微妙な発音は、とても音楽的かつミステリアスだ。武満の曲に多くの歌詞を提供した谷川俊太郎も、このCDを聴いてエキサイトするのではないだろうか?
 そして、武満の旋律とヴィスの声質の相性の良さにもびっくり。ヴィスの声は、クラシックのベル・カント唱法とはちょっと異なる鋭くもあり、表情豊かで自由な声なのだが、武満がその時折に残した「うた」の、不安定な輪郭と、とてもよくマッチしているのだ。秋の高い青空に寄る辺なく浮かぶ凧のような寂しい余韻----それが、ヴィスの武満にはしっかりとある。ヴィスは、元々数学者になろうとしたほどのインテリであるから、武満の思想や哲学にも、おおいに造詣が深かったのだろう。ただ朗々と歌い切るのではなく、武満の音楽に残された「?」を、歌声の中に描き出すことに成功している。近々、このレパートリーで来日リサイタルも予定されているという。私の秋の部屋をこんなにも美しく彩ってくれた声を、やはり聴きにいかぬわけにはいくまい。ヴィスはまた、あの小柄な身体をステージから乗り出して、ほっぺチューをしてくれるだろうか?

 
今月の目からウロコ本
「女は男のどこを見ているか」岩月謙司 ちくま新書

 電車の中で読むか、となんとなく手にとった本であったが、それほど期待はしていなかった。「もてない男」(小谷野敦)のちくま新書がまた、女にもてるノウハウ本を出したのかぁー、男は大変だにゃ、ぐらいに思っていた。が、これはあらゆる男女に読まれるべき広いテーマの本だ。やさしい言葉で書かれた文体には、さまざまな「幸福へのヒント」が記されている。
 まず、筆者は女が直感的動物であり、どんな男を愛し、どんな男に警戒するのかを説明する。彼の説によると、避けられるタイプは「魂の汚れた男」だという。嘘つきや、他人に不幸をもたらした男、女性を痛めつける男は、その過去の悪行が「履歴」として残っているので、女性は本能的に彼らを「気持ち悪い」と感じて避けるのだと、彼は語る。
 我が身を振り返った時、わりとひどい男性と縁が深かったなぁーと考えていると、やはり「悪い男に吸い寄せられる女性は女としての本能が鈍っている」んだそう。ガーーーン。というか、自分自身が幸せになりたいと思わない限り、不幸を呼ぶ男としか縁ができない。また、現代の日本の社会が、いかに不幸な大人と子供を量産しているかを、著者は社会学的な見地から分析する。「もてもてノウハウ本」だなんて大違い。これは人間科学の書であると同時に、実践的な幸福論であり、一種の哲学書でもある。おかしな話だが、これを読んで、仕事に対する姿勢まで変わってしまいそうになった。「楽しいこと、わくわくすることだけをやっていれば、お金は自然に集まってくる」----なんか、そんな都合のいい話はあるか! って突っ込みたくもなるが、その通りだ、という気もする。ともあれ、手にとってみて、損はない一冊である。

 
冬じたくは楽しい
 さて、もうすぐ寒い冬がやってくる。私は北国出身なので、それを知る人からよく「じゃあ、寒いのはお得意でしょう?」と言われる。が、とんでもない! 東京の寒さはそりゃあ、故郷・盛岡に比べて東京の冬は暖かいし一晩で水道管の水が凍って破裂することもない。しかしながら、寒いのには変わりがない。特に、こちらの方が、家にしろ道路設備にしろ、寒さに対して無防備に出来ているし。12月になったら、絶対電気毛布、出してしまうもんな私。
 寒いのはイヤーーー、とぶーたれながらも冬にそなえて色々準備をするのはなかなか楽しいものである。まずは、衣料品。今年はまだコートを買っていないので、どんなやつをゲットしようか思案中である。最近知り合った風水の先生によると、私は毛皮・スウェードのたぐいは着てはいけないのだそう。
 「あなたは非常に陽の気が強い人です。そういう人にとって、獣の屍骸であるレザーやファーは、決してよくありません。屍骸が発酵してしまうからです」う、うーむ。
 カバンもクツも、できれば革以外のものを、と言われ「靴は無理ですよ」と言ったら「クラリーノとか、布とか」という答え。クラリーノ!! 久々に聞きました。おちゃめな先生である。だからして、ウールやツイード、モヘアやナイロンのコートを、必死で探すつもりである。これって、動物愛護でもあるよね。
 そして、今年のトレンドである「超ロングマフラー」をゲットしないわけにはいくまい。サッカーの中田選手が早速ロングロングマフラーを巻いて空港から登場し、ファッションを理解しない親父ジャーナリストから突っ込まれていたが、あれは多分ドルチェ&ガッバーナのもの。そして価格は・・・9万円のはず。店頭でチェックしたもん。メンズはもう少し安いのかも知れませんが。
 マフラーは、実はもうゲットしてある。サーモンピンクのロングは、マルティーヌ・シットボンのもので、伊勢丹のヴィア・バス・ストップで買いました。コートの上から巻いてみたけど、本っ当に長い。二重巻きは鬱陶しいし、一まわりだけでは床についてしまいそう。お洒落アイテムなだけに、お洒落エリア限定の活用となりそうだ。この冬、絶対代官山周辺では、ロングロングマフラーの大群がイナゴの異常発生のごとく見られると思うぞ。こう考えると、つらい冬もなかなかに、楽しいものである。革が御法度な私ゆえ、キャスケットも極太毛糸で編んだものを探すつもり。毛糸は、動物を殺していないから大丈夫なんだって。
 ついでに、自分で編み物なんかも始めてみようかと思っている。棒針編みは、小学4年のとき以来だけど。今年の冬は、もこもこで楽しく行くぞ!!

小田島久恵


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