その上品な文体と巧妙なレトリックで文筆家としての天性の才能を見せ付け、昨年の小説デビューから怒濤の勢いで作品を発表し続ける作家、嶽本野ばら。そのどれもがベストセラーとなり、各種媒体からのオファーも殺到。嶽本野ばらという存在に、ある種運命づけられたマイノリティは、この混沌とした時代の中で最早武器となりつつある。そんな彼のことを人は“乙女のカリスマ”と呼ぶ。中原淳一的少女世界や、ロリイタファッションなど、“ガーリー”などと軽々しく呼ぶことの出来ない所謂乙女文化とは一体何なのか?

嶽本野ばら氏への2時間に亙るロングインタビューを前・後編、2回に分けて掲載する。

六畳川 智人



カフェ小品集など読ませてもらうと、特に「クンパルシータ」の辺りとか切なくて仕方がないんですけど、あれはやっぱり野ばらさんの実体験なんですか。


うーん。その辺は実体験だったり嘘だったり。


例えばね。東京に来た理由っていうのを、色々書いてたけど本当は恋人と、って書いてたじゃないですか。そういう事ってね、凄い知りたかったんです(笑)。
それもね、本当だったり嘘だったり(笑)。でも何が本当で何が嘘なのか……、嘘ではないんだけどねぇ。だから真実を増幅させてデフォルメさせてって、常にやっているので、だから事実といえば事実なんだけども、ノンフィクションとも言い難く、常に微妙な嘘をつきながらやっているので。




そもそも野ばらさんが文章という表現をはじめられたのが、僕がフリーペーパーというものを作ろうと思ったきっかけでもある、大阪の伝説的なフリーペーパー『花形文化通信』だと思うんですが、最初、花文に野ばらさんが、いまや乙女のバイブルと言われている「それいぬ」を連載された時の状況って、どうだったんですか?


文章書くまでにずっと美術をやってて、その時のテーマっていうのが、まだその時は「乙女」っていうキーワードに出会ってなくて、「少女趣味」っていうのをキーワードにイラストレーションであり現代美術っぽいような絵をやってたんだけれども、『それいぬ』を連載というか、あれは連載にするつもりは全くなくて、とりあえずエッセイを書いてみましょうということになって、じゃあ好きなことを書いてみようと。読者のことを全く気にせずに我が儘放題のことを書いてやろうと思って書いてみて、で、絶対に多くの読者に支持されないだろうと。だから続いても三回ぐらいで打ち切りになるだろうなという覚悟で書き始めたので、だからタイトルも凄く安直に『それいゆ』をもじって『それいぬ』だとか、それで『〜正しい乙女になるために〜』っていうふざけたサブタイトルを付けたんだけども、二回目の連載で「お友達なんていらない」っていうのを書いた時に物凄い量の反応があって。「もしかしたらお同じような事を考えたり感じてた人って案外いるのかもね」と思って。もうそれから連載になっちゃって、毎回結構な量のお手紙は届くし、それで何だかんだで終刊までやったから、結局七年連載が続いちゃって。


でもそれはやっぱり、同じ思い……共感したり支持してくれた子たちだけじゃなくって、僕も凄い楽しみやったんですね。共感とは違う部分で。それは単純に野ばらさんの文章の巧さであるとかだと思うんですよ。だから正直、東京行かはるっていう時に、絶対売れてほしかったんですよね、マジで(笑)。なんかね、野ばらさんは、最初に「花形〜」でお会いさせてもらった時から、僕にとっては一番物書きとしてのプロ意識をアピールされたっていう思いがあるんですよ。それは、ほんと野ばらさんの文章が好きで飛び込んでいったんで、なんか凄いそれがカッコよくて(笑)。皆そんなん言わないじゃないですか、そういうプロとしてっていう部分を。それは言えないからやと思うんですね、僕なんか絶対まだ言えないし。言いたいと思って今、一生懸命頑張ってるんですけど、でもまだまだ言えるとは思えないっていう。




あと野ばらさん、バンドやってはりましたよね。あれはパンクバンドやったんですか?


いや。もうね、いろいろで。


あ、そうなんですか。


音楽活動は本当に脈絡ないというか。節操ない、が正しいかな(笑)。


期間的にはどれくらいやったんですか?


それもよく解んなくて、ライブの誘いがあると「じゃあやってみようか」と思って、その時々に自分の中でブームなものをステージに上げるという感じだったから。だから自分の中で右翼が流行っていた時は右翼歌謡のようなものを歌ってみたりとかして。GSがブームだった頃はGS歌謡をやってみたりとかしていたし。本当に音楽的にはなんの節操もなく。だからもうやめちゃったけど。


なんかあれってね、ロリイタファッションを辿っていけばパンクからとか……。そういうファッションから入ってパンクっていう音楽に行きはったんかなと思ったんですよ。そういうわけでもない。


うん。そういうわけでもなくてね。


じゃあお芝居やられてたのも、誘われたら、っていう感じですか?


誘われるとついつい嬉しくなって(笑)。できるのかなぁと思ってやってみることになるんだけども。最近はなかなか腰が重くなって、色んなことはやらなくなってきたんだけど。


ちょっと誘われて、やろうかなと思って、ある程度出来ちゃうわけじゃないですか。僕が凄いと思うのは、出来ちゃってたらアレもコレもやりたくなるやろなぁって。その中から最終的に文章って決めはったのは、どこやったんですか?


あのね、何でもある程度は出来るんだけども、ある程度以上できなくって。プロになれなくって。唯一残された、プロとして完璧に出来る方法ってのが結局文章しか残されてなくって。で、文章を選んだんですけど。他はね、結局中途半端にしか出来なかったんですよ。


でもそれが残されてたから、ですよね。全部何も残らへんかったら(笑)。お店とかもね。


お店もね。ある程度の支持は得たんだけども、全然儲からなくて潰しちゃったし。


難しいなぁ。基本的にマイノリティなものでお金を、ってなると難しいですよね。




今ね、野ばらさんって小説もバンバン書きはって、東京にも出て来られて。いわば目標みたいなものが何かあるんじゃないかと。


うーん、取りたててなくて。最初はね、小説出した時はどうせ作家になったんだからっていうので、うちの担当者とも芥川賞獲りにいこうねって言ってたんだけども、やっぱそれもってことになって。


めちゃめちゃ狙ってほしいなぁ(笑)。


獲ろうと思えば獲れなくはないんだけど、やっぱり色々な文壇のしがらみのようなのがあって、それをクリアしないことにはやっぱり獲らせてもらえないので、そのしがらみをクリアする努力を、果たしてする必要があるのかなぁというところがあって。だから単純に、単行本で書き下ろしをぼこぼこ書いていても、なかなか芥川とか直木とかくれないんですよ。で、地味な文芸誌に掲載して、ということしかないんですよ。でもうちの読者層を考えた時に、果たして『新潮』とか『文學界』とか、そういうものに作品を発表して、皆が手に取るのかと言ったら、あんまり手に取らないというか。


無理して取るって感じですね。


結局取ったとしても、全ての作品は読まないやろうと思うと、積極的に書くことに気押してたりっていうのがあって。他の作家さんが文芸誌に書いて、ある程度の評価を得て単行本にしてもらうという経緯なんだけど、僕はもう単行本からだし。


凄いですよね。『ミシン』が出た時っていうのは、どういう経緯やったんですか。


何だろうね。


最初は野ばらさんが、小説を書こうと思って編集者に見せたって形なんですか。それとも書いてみたら、って言われたんですか。


それは文芸春秋の、文芸とは全く別のセクションの雑誌の担当者が僕に「野ばらさんは小説を書けばいいのだ」って言って、「小説か・・・」とか思って。それなら小説じゃないんだけど小説のような感じのもので、言葉を断片的に繋ぎあわせて、ぼこぼことアトランダムに書いてある200枚くらいの作品があるよって。「読んでみる?」と聞いたら「読んでみる」と言ったので読んでもらって。そしたら、これは小説じゃないけど、凄いベタな形の小説に焼き直して、100枚くらいのボリュームの作品にしたら、文芸誌とかに発表出来るからやってみてもらえないかと言われて、そんなもんかと思って。で、やってみたのが「世界の終わりという名の百貨店」で。結局それは、作ってみたんだけど『文芸春秋』のほうには載せられなくて。あれ?とか思って。いい作品なのになと。僕に書けといった担当も、いい作品なのにごめんなさいと言って。でも絶対いいから、新潮のほうの編集者を紹介しますから、新潮のほうに行ってみてくださいって頼まれて。で、新潮のほうに行って、見せて、面白いんだけどやっぱり文芸誌ではちょっと……とか言われて。でも文芸誌ではちょっと、なんだけれども、時期的に吉屋信子とかの少女小説の見直しみたいなのが文芸上の流れであるから、もっとそういうところを積極的にアピールするような作品を書いたら、もしかしたら載せられるかもしれないとなって、じゃあ書くよってなって、一週間くらいで「ミシン」を書いて、これでどうだって見せたら「よけい載せられない」ってなって(笑)。で「なんだよ、弱ったなぁ」となって、その二本を持ちながら、あと何社か紹介とかで見せに行ったんだけど、どこも「ちょっとねぇ」となってて、半ば諦めていて。いい作品なのになぁと思いながら。

でも色々廻るうちに、言ってもネームバリューはないじゃないですか、そういう人が、文芸誌に載らずにいきなり単行本というのはまず出版界の常識から考えられなくて。まず文芸誌から入ってくださいということは皆から言われていたので、そんな世界なんだね、文学の世界なんて、と思ってて。思ってたところに知り合いから、ちょうど今の『ミシン』を出した小学館の人に会ってみないかという話をされて。で、ほとんど期待してなくて、その人はもう書き下ろしの単行本を出すセクションの人だし、今まで出してきたのって、話を聞いてたら、松岡圭祐の『催眠』とかエンタテインメント系のものばっかりだったから。だからまぁ、そういう人にもちょっと読んでもらって意見を聞かせてもらうだけでも勉強になるかと思って、何の期待もせずに原稿渡して。で、「いろいろ他にも仕事はあるし、読むまで二〜三週間は時間くださいね」って言われて。そういう、差し障りのない会話をして別れたんだけども、次の朝にいきなり朝から電話があって「本にします」って言われて(笑)。


うわ、それ嬉しいな(笑)。


それはね、ほんとにびっくりした。いきなり単行本ていうのはまずないと聞かされてたから。


でもそれが売れてるじゃないですか。もうざまあみろですね、他の文芸誌(笑)。


結局ね、現場で売ってくれるのって書店の人じゃないですか。紀伊國屋とかはダメだけど、パルコブックセンターとか青山ブックセンターとか、どちらかというとサブカル系のものをプッシュするような都心型の大手の書店員が98年に『それいぬ』を出していたのを知っていて、その時に非常に大切に思っていてくれて。『ミシン』を出しますっていう時に、凄い積極的にというか「イチ押しで売ります」っていうことを、それぞれの書店の担当者が言ってくれたので、いわば破格の扱いで平積みとかにしてくれて。


凄いですよね。大阪でもそうやったもんなぁ。僕が「ミシン」を買ったのが京都の丸善で、そんなちょっとお堅めのところで、平積みになった野ばらさんの本があと一冊になってて。凄い嬉しかったもんなぁ。それも発売日って言われてたその日か前日かに行ったんですよ。それでなんか嬉しくて。そっからは怒濤のペースですもんね。


ペース早くってね、自分でもしんどくて(笑)。


(笑)。


何だかしらないけど、今妙に勢いがあるので。人気ってやっぱり、筆力とかいいものを書いてるとか関係なく、バイオリズムみたいなのってあるから、『ミシン』を出して10月で1年になっちゃうから、あと4年は持つかなって思ってて、その間にもうやれるだけのことはやっておこうという気負いがある。


四年間、大変やなぁ(笑)。そしたらその『それいぬ』が文庫化したっていう話も、『ミシン』が出てからですか?それはそれで別に話があったんですか?


『ミシン』が出ると決まって、まだ単行本にならない間に文春文庫の方から急に話がきて、文庫にしたいって言われて。若い人向けの文春文庫プラスっていう別ラインを立ちあげるから、そのラインナップにいけるテキストをいろいろ探していて、そのラインナップにぜひ入れたいって言われて、だから何か知らないけどもその時期に、大きな流れが僕の方に向いたというか。タイミングが合ったというか。


その頃、野ばらさんのホームページ見るのが凄い楽しみやったんですよ。大きいニュースが、どん!どん!と。あるんですよねぇ、そういう時期。

…後編へ続く

「乙女戦士たち」

青山ブックセンターに行けば、当たり前の様に少女文化のコーナーがあり、乙女のカリスマ嶽本野ばらの新刊が出れば、平積みどころか嶽本野ばらコーナーまで出来てしまう。さらに休刊していたオリーブは復刊し、中原淳一、高橋真琴、高畠華宵など、多くの回顧展が何度も開かれ、時代はまさしく乙女ブームである。

と、言いたいところではあるけれど、この盛り上がりには、どこかしら閉ざされた空気が漂ってないか?“乙女”この可憐で美しい響きの言葉のその奥には、僕たちが抱く興味や憧れだけでは到底到達出来ない、深い闇が存在する。それを闇と言ってしまうことに多少の抵抗はあるんだけれど、それ以外に良い言葉が思いつかない。乙女、ガーリー、ロリイタ。彼女達は微妙にリンクしあいつつも、対立している。ややこしい話、ロリイタ一つとっても、色々と派閥の様なものがあり、それはもうとんでもないくらい仲が悪かったりする。まるで大人社会そのまま。それが現実なのだ。

乙女というキーワードが一人歩きしていくなかで、時に乙女は、ガーリーと同列で語られてしまうことすらある。しかし、乙女とガーリーは、その根本的な性質そのものから大きく異っている。ガーリーは趣味嗜好に限りなく近く、乙女は宿命に限りなく近い。可愛い格好をしていないと手が震えるんですと訴える乙女たちに、リストカッターが多いのも、その宿命の重さの現れに違いない。

ロリイタファッションは、鎧だとよく言われる。インタビュー本文でもふれているけれど、彼女達はつまり戦士なのだ。理解出来ない世の中、そしてそんな世の中にうまく対応出来ない自分自身と戦い続ける戦士。そう、ずっと戦い続けなければならないのだ。それが宿命。

乙女はブームなどと言って、軽々しく扱うものではない。自身への反省も込めて…。

六畳川 智人

Interview with novala takemoto
Interview and text by satojin rokujogawa

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